●“白百合の両翼”オーリエル学院

「わぁーっ!!」
 抜けるように青い空に、今日はくっきりと天枝が見える。稲妻枝が真上にあるのは幸運のしるし。エストリフォは小躍りして、へたくそなスキップで前を歩くメシュ・メシュを追い越した。
「リフォちゃーん。またこけるよ……っと」
「ぐぇ」
 メシュ・メシュは追い越していくエストリフォを手……ではなく、頭につけたゴーレムの腕で掴んで、襟首を引っ張られたエストリフォは、とても王女殿下とは思えないうめき声を上げた。
「けほ……」
「まぁー、テンション上がるのはわかるけどねー」
 メシュ・メシュは腕組みをしたまま、ゴーレムの腕で頬をかいた。
 そして見上げる。
 見事な白亜の塔がそこにあった。
 塔だけではない。
 中央塔を中心に南北に翼のように建物が広がっている。
 地面は美しい白いタイルがめぐらされ、芝生は青々。花壇には季節の花が植えられていて、ところどころにある木は植樹されたばかり。そのどれもが真新しく、ぴかぴかで、まるで両手を広げて待っていてくれたような。そんなふうに、エストリフォは感じた。
「ここが、学校!」
「そだよー」
 メシュ・メシュは得意げだ。
「結構苦労したんだよねぇー。もともとあった王太子府を改装してこしらえたんだ。もっとも作業したのはあたしじゃないけどねー」
「ひゃえぇ? ごめんなさい」
「いいのいいの。実際学問の門戸を開いて広く有能の士を募ることは必要なことだよ。リフォちゃんの希望は、まぁ、ついでだね」
「えへへ……」
 エストリフォは少し肩身が狭い思いをしながらも、しかし期待に胸を膨らませた。
「ここが、わたしの学校!」
 目の前を白い鳥が羽ばたいて横切った。

 “オーリエル学院”
 それがこの学校の名前だ。
 これからのプロタ・リズマ王国を支える若き有能の士を集め、教育を施す。そんな目的で新設された、大陸でも珍しい教会を母体としない純粋な学び舎。
 エストリフォはうきうきと白いタイルの上を歩いた。
「ごめんなさい、無理言って」
「いーっていーって。なにせ“白王女”様のご用命だからねぇー」
「そんな……」
「あるものは使いなよ。なんでもサ。あたしだって、別にいやいや宰相やるってんじゃないんだから。美味しい思いだってさせてもらうんだしネ」
 双子都市ソーンに君臨する二人の王女の片割れである“白王女”エストリフォに、彼女の右腕である“ちび宰相”メシュ・メシュは笑ってみせた。
「夢だったんでしょ? 学校」
 この学校は、エストリフォが玉座を争うのに、つまり教会や王宮内の文官派の神輿となることを同意するのに出した条件の一つだった。
 同世代の人々と知り合って、仲良くなりたい。
 長く黒王女ヴェステルナの影のように地味な存在であり、そのくせ自由も与えられていなかったエストリフォのささやかな、しかしそれなりに高価なわがままだったが、メシュ・メシュは瞬く間に話をまとめ上げた。メシュ・メシュはもともとはエストリフォの家庭教師であり、それが国の高官たちを向こうに張って八面六臂の活躍を見せ、いつの間にか宰相の地位を手に入れている。「リフォちゃんを利用させてもらっているんだよネ」と、メシュ・メシュは言うが、エストリフォは彼女を信頼していた。
「できるといいねェ」
「え?」
「お友達」
「そ、そうですね……」
 エストリフォはうつむいて、つま先を見る。
 ずっと一人だった。
 王女様、だなんて祭り上げられても、みんな自分を見てはいない。からっぽのお人形。
 お姉ちゃんもそうだ。
 姉である“黒王女”ヴェステルナは、明らかに王の器を備えている。だから、王様には姉がなる。そう思っていた。それが当然だと。
 多分、自分なんかがいくら頑張っても姉には届くまい。記憶の中にいる一つ年上の姉は、いつも一歩前を颯爽と歩き、自分をかばってくれていた。争いたくはない。どうせ敵わないのだし。
 担いでくれている人には悪いけど……。エストリフォはそう思って、神輿になることを承知した。それは諦めだったのだと思う。他に道もなかった。そっと背を押して前に立ってくれたメシュ・メシュがいなければ、彼女は本当にただの人形になっていただろう。
 メシュ・メシュは若くして(正確な年齢をエストリフォは知らない)優れたゴーレム使いであり、また古典を研究する学者でもある。本来政治からは縁遠いはずだが、エストリフォよりも頭二つ小さい彼女はエストリフォを励まし、導いてくれた。
「その……メシュ・メシュは……お友達じゃ……」
 エストリフォは消え入りそうな声でつぶやく。
「んにゃ、違うよ」
 首を振ってメシュ・メシュが応じて、エストリフォは真っ赤になった。また一人合点をしてしまった。迷惑ばかりかけているのに。そんな彼女を下から覗き込むように見上げて、メシュ・メシュは笑う。
「門をくぐったから。ここではあたしは学長先生だ。リフォちゃんがどうでも差はつけないかんね」
 そういうことか、とエストリフォは目をぱちぱちさせる。
 そうだ。ここはもう学校なんだ。きっとお友達もいっぱいできる。この白亜の学び舎に生徒たちの声があふれるのも、そう遠い未来ではあるまい。その中の一人になれるんだ!
「はいっ! せ、せんせい!」
 エストリフォは再び笑顔で気をつけをした。

「あのー……」
 笑顔を交わす二人に、おずおずと声をかけてくる人物がいる。
「はい?」
「ここ、“オーリエル学院”ですよね? 学校の……。私、ここの生徒になる者なんですけど……」
 エストリフォはちょっと戸惑ってから、それから笑顔をつくり、メシュ・メシュは腕組みをして頷いて、言った。
「ようこそ、“オーリエル学院”へ!」

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