大陸有数の国家であるプロタ・リズマ王国の第二の都市として繁栄する双子都市ソーンは、もともとは王国の首都であった。
 偉大なる源樹の地根のなかでも巨大なひと張りである“迷宮”エルディカの直上に建設されたこの都市は、長くその強大な樹力の恵みによって栄えてきた。
 遷都された後も王国の最重要拠点として、慣例的に王太子が治めるものとされ、その伝統は今も続いている。
 現在、双子都市はその名の通り二人の対立する王女が君臨する都市として、危ういバランスの上で発展期を迎えようとしている。
 二人の王女による“迷宮”エルディカ親征が噂される中で、双子都市ソーンは冒険の火薬庫としての顔を、旅人に見せるだろう。




●周辺環境
 双子都市ソーンを取り巻く自然環境は安定している。
 比較的寒冷で、はっきりとした四季があり、冬は寒いが耐えられないほどの熱波寒波が訪れることはまずなく、雪も積もるほど降ることはめったにない。
 周辺には肥沃な穀倉地帯が広がり、沿岸には豊かな漁場を抱えている。この食料生産が、双子都市ソーンの人口を支えており、これらはすなわちソーンの地下にある源樹の地根の力である。
 町の中央を流れるエルディソン川は汽水域で、飲用には適さず、樹力を用いた処理を行った排水が流れ込んでいる。
 街を象徴するこの川は、早朝に深い霧を発生させることでも知られている。
 この川には大きな橋がかかっており、往来は自由。





東側 黒王女ヴェステルナの街

●王女府
 もともとはソーンにおける軍事拠点の一つであったこの建物は、現在は黒王女ヴェステルナの居城として改装されている。
 双子都市ソーンの中でも小高い丘の上に建っており、壁や塔には黒王女の軍旗が掲げられ、その堂々たる姿を見せているが、主であるヴェステルナはこの建物にいないことも多い。
 現在は王国軍のほか、黒王女の近衛騎士団であるアスター騎士団が常駐し、主の質実剛健な性格を反映してか常に訓練を続けている。

【黒王女近衛騎士団・アスター騎士団】
 通称“ヴェステルナの盾”と呼ばれる、花と槍の紋章を持つ王女親衛隊。
 彼らは黒王女ヴェステルナ個人に忠誠を尽くす若き騎士たちの集団であり、彼女が完全に自由に動かすことのできる戦士たちである。
 彼らの多くは経験の浅い若い騎士たちで、これは王族直下の近衛が、もともと貴族の子弟たちが安全に経験を積むための学校のような一面もあったためである。
 しかし現在、彼らはヴェステルナの唯一信頼できる子飼いの軍事力として、彼女の手となり目となって他の軍への伝令や治安維持などを担当している。
 騎士団長は“鉄壁”クリュズが務めているが、これはほぼ名目上のものであり、実質的な業務は、筆頭騎士であるアリカが行っている。




●軍事拠点
 双子都市の常備軍が詰めている拠点。広い敷地で多数の兵士が訓練を行っている。一般市民は立ち入ることができないが、その管理は実のところ曖昧で、傭兵を雇用するため、管理体制にほころびが生じていることは否めない。
 常備軍は決して多くはないため、遠征などの際は諸豪族に動員をかけたり、傭兵を雇うことになる。
 一方常備軍は、平時には訓練のみをして過ごす専業兵士であり、その数はおよ千人弱。
 この軍事拠点では、通常の兵士のほか、ゴーレムを準備している。
 ゴーレムの補修・整備を行う樹法使いも雇用されているが、新造についてはここでは行われていない。

【ソーンの治安維持】
ソーンには“王国軍”“市民軍”“近衛騎士団”があるが、近衛騎士団は両王女に仕えており、また、市民軍は平時には通常最小限しか召集されないため、平時の治安維持を行うのは主に王国軍である。
王国軍には東側と西側にそれぞれ管轄のある衛兵隊を組織し、門、および双子都市内の治安維持に当たっている。
捜査などを行う人数が限られているため、また、王国軍はソーン出身者以外も多数採用されているため、事情に詳しいソーン市民を手下として使っている衛兵も多い。手下の中には元犯罪者もいるという。



●軍港
 東側の港は主に軍港として使われており、双子都市の擁する三隻の帆船のうち二隻が停泊している。
 港には最も巨大な“海鼠号”が常に停泊しているが、この巨大な重ガレオン船は滅多に出撃しない。双子都市の海上防衛は、残る二隻である“飛象号”と“黒豹号”が交代で担当している。
 二隻がローテーションするため、港には常に“航海を終えたばかりの”荒くれ海兵が存在し、彼らは市街地の酒場などで多くの俸給を使うことになる。海兵たちは気性こそ荒いものの訓練の行き届いた兵士であり、市民たちに歓迎されている。
 現在、海の魔獣や海賊対策のため、追加の軍船を建造、乗員を訓練中である。



●貴族街
 この優雅な雰囲気のある区画には、それぞれが四季折々の花を楽しむことのできる庭を持つ立派な豪邸が並んでいる。三階建てくらいの建物が多く、私兵を抱えているため兵舎を併設している場合も多い。
 プロタ・リズマ貴族の他、成功した商人や議員、外国からの外交官、地方都市の豪族の別荘、軍団の将校、アリーナのチャンピオンなどが、この区画に居を構える。
 現在の二人の王女が夜会、晩餐会などの社交を好まないため、貴族街のコミュニティではしばしば誰かの屋敷を舞台として、夜の会合が催されることがある。

【諸外国からの外交官】
 通常、首都に置かれる外国の大使館だが、現在のプロタ・リズマでは首都だけではなく双子都市ソーンの貴族街にも同時に置かれている。
 大使たちの行動が例えば衛兵などによって制限されることはないが、その監視対象にはなりうるため、多くの大使館では通常の外交ルートの他に密偵も雇用している。
 大使の多くは貴族街や“一角獣の森”亭で情報を交換し、この不安定な状況をいかに利用するかを日々思案しているのだ。



●王立樹法研究院
 かつて西側にもあった兵舎と訓練場は今は東側に統合され、その跡地は王立の樹法研究所として活用されている。
 ぐるりと囲む高い頑丈な塀は、防衛よりもむしろ目隠しの意味合いが強い。と、言うのも、中で行われている樹法の実験、研究には、危険なものも含まれているからである。
 時折聞こえてくる爆発音に、近隣住人は恐れをいだきながらも慣れつつある。



●ゴルゴーナ図書館
 王女府のある丘の麓に白い石造りの建物がある。これが東部の図書館である。
 図書館の蔵書量は決して多くはなく、最新の情報からは遅れがち。司書は予算の拡充を求めているが、王女府に届いているかどうか不明である。
 結果として、知識階級の多くは白王女の新設した学園に移動してしまっている。

【図書館の噂】
 ゴルゴーナ図書館は古の時代に「反逆者エルディール」が住んでいた住居後と言う噂話がある。
 エルディールの亡霊が現れると言う話や、本が浮かんで移動していたと言う話や、地下にエルディールの研究室があると言う話が絶えない場所である。
 実際、図書館の敷地は広大で、その地下には立入禁止の場所もある事から、噂話に拍車をかけている。



●広場 真鍮広場
 大通りを接続する広場の中央には、巨大なゴーレムが周囲を睥睨するように立っている。有事となれば軍お抱えのエルダーレムがこれを制御し動かすことになるが、平和である限りは単なる待ち合わせの目印でしかない。
 真鍮でレリーフを飾られたゴーレムの足元には、愛を語らう恋人たちや日向ぼっこをする老人、ちょっとしたものを売るバザーなどが集まっている。
 軽食を売る屋台や大道芸人やちょっとした闘鶏、闘犬のギャンブルなどが人々の舌と目を楽しませており、町の人々の情報交換の場ともなっているようだ。



●広場 青銅広場
 この大きな広場には、中央にモニュメントのようにやはり巨大なゴーレムが立っている。その装飾は青銅で、それが広場の名前の由来にもなっている。
 青銅広場には、東部地区唯一の大教会が開いており、やや整った雰囲気がある。教会の僧兵が独自に警備も行っており、盗賊もこの広場で“仕事”をすることはめったにない。
 そのため周囲には商店が立ち並び、双子都市で最も安心して買い物を楽しめる広場となっている。



●アリーナ
 双子都市東側にある大きな開放型の闘技場。中央部は楕円形で、階段状の客席の収容人数はおよそ三万人から四万人。
 千年以上前に建築されたこの建物はコンクリートと大理石でできており、周囲には緑地が確保され、催しのないときも露店などが並ぶ。
 ここでは休日や祝祭日に腕自慢の剣闘士たちがショーとしての戦いを披露するほか、閲兵や演説会、スポーツ大会などの各種催事にも使用される。
 剣闘士たちはみなプロの戦士であり、奴隷剣闘士などがいた歴史はない。上位戦士ともなればアイドルめいた扱いをされることも。
 一対一の剣闘、拳をつかった拳闘、チームで戦う集団戦、古式ゆかしい騎槍試合、戦車による戦車戦、樹法を用いた樹法合戦など、戦士たちはさまざまな競技でその腕を競っている。
 最近、ゴーレムを使った闘技が西側の“ちび宰相”メシュ・メシュから提案され、ヴェステルナもこれに乗り気であるという。



●東側・六骨市場
 青銅広場と職人街のちょうど真ん中あたりの大通りが、東側の市場街となっているが、新鮮な食品や舶来品は西側の赤盾市場で手に入れた方が賢明だろう。
 この六骨市場では、軍に納入された装備の払下げや余剰品が多く売りに出された結果、金属製品や武器の商店が立ち並ぶようになった。
 ここでは主に剣呑なつるぎや槍、盾や鎧、銃器や火薬が販売されているほか、いわくつきの中古品、職人たちがこしらえた新式の武装が実験的に並ぶことも多い。
 もちろん武器屋だけではなく、一般的な品物を商う店も並んでいる。

【長剣】
 刀身が1ミル弱ほどの、最も一般的な直剣。両刃であることが多く、切り裂く他、鋭い切っ先で突き刺すこともできる。
 火薬が登場した後も携行しやすく、象徴的な武器として広く用いられている。
 価格は安いもので20タレルほどだが、名品逸品となれば青天井。



●職人街
 双子都市では多数の職人が生活している。彼らが主に仕事をするのがこの職人街で、鍛冶屋、木工師、革細工師など多数の職人がここで昼夜を問わず腕をふるっている。
 職人街は職人組合が牛耳っており、基本的に職人は小売りに携わることはない。販売は一度職人組合を通して仲買人が買い付け、商店に卸すのが普通だ。
 この区画には個人経営の小さな工房のほか、最近は職人を集め雇用し効率よく製品を生産する大きな工房が現れはじめた。



●住宅地
 双子都市の住人の多くは商店の店員や職人で、店や仕事場の他に住居を持つのがほとんどである。
 この歴史の古い都市の城壁内部に自分の家を持つことが出来るのは、ごく限られた金持ちや貴族などで、それ以外の人々はほとんどが借家でその一生を終えることになる。
 すなわち、長屋、あるいはアパルトマンと呼ばれる類の共同住宅である。
 古い住宅のほとんどは石造りで、かしいだ部分をつっかえ棒で支えるなどしていることも多いが、新しく立て直されたものは焼きレンガに漆喰を使った白い壁の眩しい建物が多い。
 どの家も、冬の寒さに対応するためにほぼ必ず暖炉を備えている。



●酒場 ”たぬき屋”
 庶民に愛されるこの酒場は、双子都市でも最も典型的なタイプの酒場で、石積みの古い家を改築したホールはやや狭苦しい。二階には宿屋を経営しているが、部屋数は三つで、そのどれも一人部屋。泥酔して帰れない客をとりあえず寝かせておく以上の役割はあまりないだろう。
 この店を亡夫から受け継いだ金髪の未亡人が、一手に切り盛りしている。彼女目当てに通う客も少なくないが、彼女の心にはまだ亡夫が住んでいるようだ。



●魔香街カプノ・ドゥエィス
 取り壊せなかった旧城壁に、吹き溜まった埃のように広がる貧民窟がある。
 その日暮らしの雇われ者や軍人恩給を細々と受け取り生活する元軍人、様々な場所から逃げてきた者達が住まう雑多な地域は、いつしかそこに煙る魔薬の香りから、魔香街カプノ・ドゥエィスと呼ばれるようになった。
 裏町との繋がりも深く危険な場所と噂される一方で、家賃の安さに飛びついた錬金術師や悪徳にふける貴族の秘密の社交場もある。
 一攫千金を求める者の家族もここに居を構えており、強い仲間意識で互いに寄り添い、旅立った者達の帰りを待っている。

【緋色兄弟団】
 魔香街カプノ・ドゥエイスに根城を置く無法者集団。
 団員はみな寄る辺ない孤児たちであり、一人の“親”に率いられていると言われるが、その詳細は不明。暗殺教団の下位組織であるとも噂される。
 官憲のみならず裏町の盗賊組合もまた彼らを敵視し、時にはこのギャング団に対抗するため手を組むことすらあるほどに、世界から捨てられた彼らの行為は非道を極める。
 末端の構成員を何人捕えても、彼ら緋色兄弟団を根絶することはできない。
 世界に対する彼らの不満と絶望は察するに余りあるが、しかしだからと言って、彼らに殺された者が生き返ることはないのである。



●虎杖門
 この巨大な門は、双子都市建設の当初からほぼ変わらずその威容を保っている。
 門の両脇にはひときわ大きな大理石のゴーレムが、なかば門に埋まるように立っており、黒王女の旗がいくつもはためいている。
 現在、城門はほぼ常に開かれており、周辺や諸国からの商人や旅人がひっきりなしに行き来しているが、これは黒王女ヴェステルナの東征が成功に終わったためで、発展期にある証でもある。
 農作物を満載した荷馬車が、それをタレル銀貨に変えるために訪れ、また、銀貨を外国からの輸入品や食料に変えたい近隣住人や、あるいは一時の安息と娯楽を得るために訪れる旅人が、この門をくぐる。
 主に王国軍兵士がこれを監視し、出入りを帳面で管理しているが、急激な仕事の増加によりパンクしがちで、望まれぬ者が街に入ることを止めることができていない。






西側 白王女エストリフォの街

●貴族街
 東側のそれと同様に、豪華な庭園を備えた屋敷が並んでいる。貴族のみならず、大商人、議員などといった街の名士も、この場所に居を構えることを名誉とする。
 十人は実力者であり、いざとなれば王女府(学院)にすぐに駆け付けることが求められる。



●酒場“一角獣の森”亭
 貴族街にほど近い場所にひっそりと佇むこの酒場の客は、ほとんどが貴族、あるいは金持ちの上流社会に所属する人々である。
 落ち着いた内装と少ない席数、一方で個室は多く、商談や密談に使われることも少なくない。店の隅には珍しい鍵盤のピアノが置いてあり、ゆったりとした曲が流れている。
 ここはいわば、ソーンの第二の社交界なのだ。



●西側・港
 西側の港は、軍港である東側港とは異なり民間の交易船が出入りする商業港の性格が濃い。
 外洋航海術が確立された現在、遠い国からさまざまな品物が運び込まれている他、近隣の漁村からもその日の水揚げが持ち込まれるなど、常に多数の船が出入りしている。
 自由闊達な海の空気が支配しており、白王女の方針もあって交易に制限は少ないが、甘いチェックが密航や密輸などといった事件の種になってしまうことも少なくない。

●オーリエル学院
 白王女エストリフォの肝いりでごく最近創立された、教会によらない珍しい純粋な学び舎。
 もともと王太子府だった建物を改装した建物であり、美しい白い塔とその両側に広がる校舎から”白百合の両翼”とあだ名される。
 未来のプロタ・リズマを支える有能の士を集めるという目的で創立され、身分や出自を問わず入学し、文武を学ぶことが出来る。
 なお、王太子府を改装したため、現在双子都市にもともとあった王太子府は失われてしまった。
 議会はこのオーリエル学院の公会堂を利用して開かれ、実質の王女府となっている。
 学院長は、白王女エストリフォの宰相であるメシュ・メシュが兼任。

【オーリエル学院 制服】
 オーリエル学院の生徒のみが着用を許される制服。
 アレンジする事は自由とされているため、生徒ごとに様々な個性が発揮されている。
 腰の剣は学院の生徒としての証で、刃が付いていないため斬る武器としては実用することが出来ない。


●カフェ・ド・エクス
 エクス貿易商会の事務所。
 古い酒場の居抜き物件であり、商会を受け継いだ若い商会長エクスは、ここに船乗りや商人の集まるカフェを開店した。
 二階が事務所、一階がカフェになっている。
 舶来品のお茶や煙草を楽しむことができ、情報を欲しがる野心家の商人たちや船乗り、学者や作家などが、情報交換を楽しんでいる。



●酒場 “虎の鰭”亭
 白い漆喰塗りの壁が印象的なこの酒場には、奇妙な看板がかかっている。吠えかかる虎にはユーモラスな尾鰭がついており、それは妙にコミカルな印象を見るものに与える。
 店内は広々と天井が高く、壁には色とりどりのペンキで陽気な絵が描かれていた。黒板にチョークで書かれたメニューは、おそらく毎日書き換わるのだろう。その日港から入った魚料理がこの店の名物だ。
 見れば客層には船乗りが多い。港が近いこともあって、海の男達の憩いの店になっているのだろう……。



●広場 桜花広場
 西側の広場も、その性格は東側とそう変わらない。
 一騎のゴーレムが鎮座しており、いざという時に備えている。
 自由な雰囲気のこの広場には、白王女エストリフォの誕生を記念して植樹された桜の木が植えられており、これは当時、アルヴァルト王が手ずから植樹したものである。
 待ち合わせによく使われ、大道芸人や食べ物露店で賑わっている。
●広場 白樺広場
 桜花広場とほぼ同様の広場だが、白樺広場という名前に反して、白樺の木は植えられていない。
 もともとは白広場と呼ばれていたが、桜花広場に桜が植樹された折に、それに合わせて誰とはなしにこの広場を白樺広場と呼ぶようになった。
 小高い丘の上にあり眺めもよいため、しゃれた店が多いいわば双子都市ソーンの観光スポットである。
 大聖堂に隣接しており、礼拝日には免罪符売りや土産物売り、軽食の露店でにぎわうことになる。



●シドリア大聖堂
 西側にある源樹教の大聖堂は、東側の教会とは比べ物にならないほど立派であり、そこにはおよそ五十人からなる聖職者が祈りを捧げている。
 源樹教は、源樹を神格と仰ぐ宗教であり、この大聖堂はレゴスメント大教国の総本山から別れた支部である。大理石づくりのこの場所には、人々が入れ替わり訪れ祈りを捧げているのだ。
 もともとは学校の役割も果たしており、現在はオーリエル学院で吸収できない年少者に読み書きなども教えている。



●公衆大浴場 ラ・メル・ソーン
 この公衆浴場はかなり古く、新帝国暦260年にはすでに建造されていた。
 井戸を掘った際に(沿岸である双子都市では真水の井戸は数少なく、現在は川の上流から上水道を引いている)、地根の樹力由来の熱で加温された温泉が出たことから始まり、当時の王はこれを喜び、運び込んだ大理石にくまなくレリーフを彫らせて大浴場を作って市民たちに開放した。
 現在も職人たちが手入れや改装を重ねながら、市民たちに愛されている。
 入湯料は1タレル(銀貨)と少々お高め。



●住宅地
 双子都市の住人の多くは商店の店員や職人で、店や仕事場の他に住居を持つのがほとんどである。
 この歴史の古い都市の城壁内部に自分の家を持つことが出来るのは、ごく限られた金持ちや貴族などで、それ以外の人々はほとんどが借家でその一生を終えることになる。
 すなわち、長屋、あるいはアパルトマンと呼ばれる類の共同住宅である。
 古い住宅のほとんどは石造りで、かしいだ部分をつっかえ棒で支えるなどしていることも多いが、新しく立て直されたものは焼きレンガに漆喰を使った白い壁の眩しい建物が多い。
 どの家も、冬の寒さに対応するためにほぼ必ず暖炉を備えている。
●西側・赤盾市場
 港、職人街との中間、桜花広場と白樺広場を繋ぐ大きい通りには、様々な商店や露店が軒を連ねている。
 大都市である双子都市ソーンでは、朝夕の市というものは一般的ではなく、買い物は店を構える商店で行うのが普通だ。
 交易の中心地であるだけあり、十分なタレル銀貨があれば、およそ手に入らないものはないだろう。田舎から出てきた旅行者であれば圧倒されるほどの賑わいが、ほぼ毎日繰り広げられている。
 通りには一般的な食料品や嗜好品、工芸品の店が並び、樹法具や古書などが必要なら一本裏に入ればよい。裏と言っても薄暗い路地ではなく、各専門店が表通り同様に並んでいる。
 雨天時のために、通り自体に天幕をかける計画があるが、実現性は低い。

【ソーンの生活費事情】
 双子都市の住人たちはほとんどが自給自足をしていない。そのため、彼らの生活は常に金銭を仲立ちにして成り立っている。
 ソーンでは主にプロタ・リズマ王国発行のタレル(あるいはターレルとも)銀貨が流通しており、庶民にはリル銅貨と併せて使用される。
 信用硬貨であり、鋳つぶしても同じ重さの金属の価値はない。
 ソーンで生活する場合、だいたい一日4〜6タレルほどあれば暮らすことが出来る。ただし、宿代は借家よりも高いため、安全と清潔を求める旅人なら7タレルくらいは確保しておくべきだろう。

 焼きたてのパン 一斤 …… 1リル
 チーズ 一塊 …… 6リル
 スパイス入りホットワイン 1杯 …… 3リル
 砂糖 一袋 …… 2タレル
 寝床 素泊まり一泊 …… 1タレル
 一般的な宿 素泊まり一泊 …… 3タレル
 清潔な宿 朝夕食付き一泊 …… 6タレル 
 安長屋 一ヶ月 …… 25タレル
 量産品の長剣 一振り …… 20タレル
 騎士甲冑 一領 …… 250タレント(3000タレル)



●職人街
 双子都市では多数の職人が生活している。彼らが主に仕事をするのがこの職人街で、鍛冶屋、木工師、革細工師など多数の職人がここで昼夜を問わず腕をふるっている。
 職人街は職人組合が牛耳っており、基本的に職人は小売りに携わることはない。販売は一度職人組合を通して仲買人が買い付け、商店に卸すのが普通だ。
 この区画には個人経営の小さな工房のほか、最近は職人を集め雇用し効率よく製品を生産する大きな工房が現れはじめた。

【ソーンの服飾事情】
 近年、双子都市における服飾は急激に進歩・多様化した。
 流通の発展により様々な人種・素材が流入したためで、職人はこぞってオリジナリティあふれる衣装を制作し、住人たちはそれを大いに楽しんでいる。
 東方から輸入されるつややかな絹や手の込んだレース編み、樹法や錬金術を駆使した新素材さえもが素材となり、近年職人たちの売り込みの場として白樺広場でファッション・フェスティバルが計画されている。
 もちろん、いいものはそれなりに高価。



●裏町
 双子都市行政の手の届かない場所がこの裏町である。名前は特になく、単に“裏町”と言えばここを指す。
 千年以上の歴史を持つ双子都市にあって、建造物の改築は当然のものとして行われているが、それが遅れる区画もある。この裏町も最初はそうした、行政の手の遅れただけの区画だった。
 しかしいつのころからか、この薄汚れた暗い区画に、泥棒、強盗、密輸業者、ギャングたち……そうした、つまり無法者が集まるようになったのだ。
 彼らは現在、“裏町組合”と呼ばれるギルドのようなものを組織し、双子都市の暗部を牛耳っている。

【裏町組合】
 同業者が集まって価格の安定や商品供給の調整、技術共有、職人育成、新規参入者による不当廉売に対抗する組織である“ギルド”は、ほとんどの業種に一般的に存在する。
 この“裏町組合”は、その犯罪版である。
 彼らはさまざまな犯罪者たちの集団で、双子都市の警備状況や抜け道、盗みやすい店などの情報を共有しているほか、会員の“仕事”を管理している。
 と、いうのも、無秩序な“仕事”をすれば双子都市の官憲が警戒を強め、すべての会員の“仕事”に支障が出るからだ。彼らは“掟”に反した会員に厳しい制裁を下し、組合員以外がソーンで盗賊行為を働くことを許容しない。
 結果として彼らは、双子都市の治安維持に貢献していることになる。
 犯罪に関わるもの以外にも、ソーン市内の情報は“裏町組合”に集まり、彼らとの付き合いは危険だが有益なものとなり得るだろう。
 酒場“宵闇の華”亭には、常に裏町組合の“つなぎ”が待機していると言う。



●酒場 “宵闇の華”亭
 この半地下の酒場は、その立地以上に地下に近いところにある。ここで言う地下とは、すなわち裏社会である。看板一つ出ていないこの酒場の扉の前には、不穏な様子の男たちや肌もあらわな女たちがたむろしており、よそ者に対し目を光らせていた。 
 彼らの視線を受けながら店内に入れば、狭い店内は想像以上に混んでいるのがわかるだろう。
 店内は常に煙草やほかの煙でけぶっており、食事の質は保証されない。酒は安酒から高級な蒸留酒まで揃っているが、メニューのたぐいはどこにもなく、よそ者を拒絶する雰囲気がある。



●色街 “百合おばけ”通り
 このおしろいの匂いの漂う通りは、昼の間は閑散としている。三階建て以上の建物が立ち並ぶこの通りは、夜になるとその窓に女や少数の男が顔を出し、道行く人々を見下ろしながら焚き染めた香の香りを漂わせて、一夜の楽しみに人々を誘う。
 つまるところ歓楽街であり、双子都市行政はこの通りを渋々でああるものの認めている。
 建物の一階はほぼ例外なく酒を出す酒場となっており、客はそこで受付をしたり値段交渉をして、上の女(あるいは男)の待つ部屋へと上がることが多い。
 サービス料も内容もさまざまだが、いずれにせよ歴史上その需要が絶えることはない。



●門 “鯉口門”
 この巨大な門は、東側の虎杖門と同様に白亜のゴーレムによって守られている。
 白いエストリフォの紋章旗がはためいており、王国軍の衛兵たちが旅人の出入りを監視、管理しているが、明らかに手が足りていないのは東側虎杖門と同様。
 門で並ぶ訪問者を当て込んだ軽食や菓子の売り子が、兵士と旅人の間を行き来している。



●城外の街はずれ
 門の外には、木造の建物が立ち並んでいる。
 これは手続きを待つ間、旅人に食事を出したり一時の宿を提供する旅籠が主で、他に旅のための馬などを商う店や両替商などが並んでいる。これらの殆どは双子都市の法の外で営業しており、裏町組合にいくらか支払って盗賊避けとしていることが多い。
 その他、市内に入るための通行料を”けち”るため、キャラバン構成員の多くをここでキャンプさせる商人も少なくなく、また、うさんくさい目で見られることの多い小人族がキャンプしている。
 これらの要因で、密輸品や禁制の品物を商う場所にもなっており、都市行政は神経を尖らせている。




●地根の迷宮 “エルディカ”
 双子都市がこの立地にあり、かつ栄えている最大の理由がこの迷宮である。
 源樹の太い根がこの都市の地下を走っており、それは古代樹人の住居を兼ねた迷宮となっているのだ。
 どれほど深いか想像もつかないそこには、古代の財宝や力ある品物、恐るべき怪物や守護者立ちが眠っていると言われ、王位継承においては王太子はこの迷宮に挑み、何らかの秘伝を得て戻ってこなければならないとされる。
 長く立入禁止となっていたが、最近冒険者向けに開放された。おそらく露払いのためと考えられ、二人の王女の動向が注目されている。